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老健における看取り その1

カテゴリー:地域で医療する楽しさ 更新日時 2017/09/13

 先週末、私たちの老健でお亡くなりになった方たちのご家族の集い「グリーフ茶話会2017」を行った。この5年間で亡くなった方のご家族にご案内させていただき、10人余りの方々が来て下さった。遺されたご家族もご高齢で、ある方はご自身も体調不良で、これが最期になるかも知れないから、との出席だった。会はグリーフケアに関する一般的な講演からの、それぞれのお気持ちを吐露される茶話会の二部構成で、三回忌を迎えながらもそれぞれの思いが尽きず、涙ぐむ方もおられてのしっとりとした良い会になった。

 死がそれぞれであるように遺された方のグリーフもまたそれぞれで、でも共通する思いを共有できたことが良かったように思う。 

 個人的な話になるが、私が31歳の時に父が胃がんで亡くなった。父は61歳だった。当時のならいで病名は告知されず、術後半年足らずで皮膚を含めて全身に転移し、亡くなったのはかっきり一年後のことだった。

  医師としてスタートしたばっかりの私にとって父の死は個人として以上に医師という職業を選んだ私に大きな影響を与えた。柳田さんの言う「二人称の死」の体験だった。

 父の死の後、心身医学を志していた私は地域医療に身を置くことを決意する。それまで自分勝手に生きていて、充分親孝行できていなかったことや父の死において不甲斐なかったことなど、悔やむことがいっぱいあったから、どこかでそれを取り返したかったのだと思う。

 それからの地域医療を志したねえちゃん医者の文字通り茨の道のことは茨すぎておぼえていない。ただ、それまでに呼吸器科医として看取ってきた以上に地域での看取りはより身近で患者さんを看取らざるをえず、私に深くいのちのことを考える機会を与えてくれた。

 高齢の方、比較的若い方、死を受容され家族に囲まれた理想的な最期もあれば、周りを恨んで亡くなった方もおられる。

 どの方にもその方の人生や生きてきた道筋があって、善いも悪いも無く、その人らしく生ききることをどう支えられるのか。それらを経験する中で、私の死生観は育てられていったように思う。

 5年前、北海道の片田舎の小さな町の小さな病院の今後を考えて、私たちは介護療養型老健としてリスタートすることを決断した。それは何度も書くが、この地域で最期までいたい、私たちに看取られたいと言って下さった方たちへの応え方だったと考えている。

 あれから5年、60人を超える方たちが私たちの施設で亡くなった。ほとんどの方(ご家族)が病院ではなく私たちの施設での最期を選んで下さった。そのことに対しては感謝の気持ちしかない。

 いのちの汀の最期の大切な大切な時間に私たちのケアを受けることを選択してくれたのだから。

 では、どんなふうに私たちが私たちの看取りケアを行っているか、どのようにして確立してきたかは次回のブログでお伝えしたいと思う。

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