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エルと母さんと看護師さんと

カテゴリー:ターミナルケア  更新日時 2010/03/03

 広~~~い北海道の中の日本一広い町足寄町。一つの町なのに、面積は香川県と同じ広さ。 そんな町での訪問診療はほとんどドライブ気分で楽しいが経営的には見合わない。医師と看護師が車を走らせて30分でようやく患者宅へ到着ということもままあることだから。
  でも、私達は止められない。病棟では「患者」然としていたAさんが家では結構威張ったおじいさんであることに気が付いたり、依存的かと思われたBさんが家 ではしゃきしゃきした主婦として不自由ながらいい味出していたりすることを発見できたりすることが、何よりも嬉しいから。
 あと、特徴的なことは、どの家もカレンダーがいっぱい貼ってあること。
最高は連続する二つの部屋に13個。それもちゃんと月が変わるときちんと剥がしてあったりすると感激する。きれいな絵を捨てられないんだろうなあと思ったりする。
 さて、前置きが長くなりましたが、今日のブログは最近経験した、在宅ターミナルケアのお話しです

 昭さん(仮名)84歳は二つのガンを持っていて、しかもそれぞれ転移があるという状態でした。消化管のがんはときどき大出血を起こし、血まみれになりつつ出血性ショックになったりするので、医者としては気の抜けない患者さんでした。
 出血するたびに輸血をしたり、食事を止めて点滴をしたり。
 でも、それは昭さんが望んでいることではありませんでした。
 「痛い」とは言わないけど、「「こわい(北海道の方言 だるいこと)」とは言わないけど・・・・ 
 「帰りたいなあ・・・・」「食べたいなあ・・・・」と。
 いつも穏やかににこにこしている昭さんの望みを叶えたいと家族も強く望んで、在宅ターミナルケアに踏み切りました。文字通り「踏み切った」です。
  なぜなら、昭さんの家は病院から40分、国道をそれてからでも10分近く走らなければならない山の中。北海道の冬道は、国道を逸れたとたんにアイスバーン になります。ツルツル道をドキドキしながら最初は毎日、ご家族が慣れてきた頃には訪問診察も入れて週3回通うことにしたのでした。医者としては通うことは 苦ではありませんでしたが、スタッフにもし事故でも起きたらと思うと、続けていけるかどうか、悩みました。
 
 でも、お家に帰ったら、昭さんの状態は何故か好転したのです。
 DICも起きかけていて、どんどん下がり始めていた血小板もあるときから増え始め、貧血も改善傾向。突然の出血もなくなり、食欲も出て・・・
 「スイカが食べたい」 ところが今の日本は真冬にスイカがあるんです。
家族が取り寄せてしゃくしゃく食べて、昭さんはご満悦。家族も大満足。
 家族の望みはどんどんハードルを上げていきます。
 最初の「今年いっぱい保って欲しい」は、次には「○○が来る20日」まではそして・・・どんどん望みの日々が重なっていきました。

 昭さんは家族の愛情をいっぱいに浴びて、幸せそうでした。
 枕元には病棟スタッフからの寄せ書きと飼い犬エルの代わりのコリーのぬいぐるみ。在宅酸素の機械に湿度を上げるためのペーパークラフト

 昭さんは痛みのコントロールもうまくいき、少しずつ弱っていきながら、ゆるゆると眠ることの多い日が続いていきました。
 そして、その日が近づいていることを私達も家族も覚悟を決めて、看護師が毎日お伺いしていたある日のその時に、昭さんは静かに静かに最期の息が引き取られたのでした。
 「こんなに静かに逝けるんだなぁ・・・・」
 息子さんのしみじみした声と、お嫁さんの号泣とが私達の胸を打ちました。

  通い慣れたこの冬道をもう来ることが無くなる寂しさと、家族と共に昭さんの開拓者人生の最期の日々の暖かくも美しい光景を思い出しながらの帰り道。症状の 進行と共に在宅ターミナルケアを続けることを何度もあきらめかけた弱気な医者を支えてくれたのは本人の強い意志と家族の想い、そしてスタッフのがんばり だったなあと思ったのでした。心からの感謝です。

2009年の終わりに・・・・ 祝「にぽぽの後期研修修了」

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